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シェムリアップ旅行(3日目)
2011/3/15
6:00、起床
昨晩はぐっすり眠ることができ、とても爽やかな朝を迎える。ホテル1階のレストランでバイキング形式の朝食。メニューは昨日とほ ぼ同じだが、料理が温かい分だけ、昨日よりおいしい。
7:20、ホテル発
ホテルのフロントに鍵を預けて、ホテルの外へ出ると、昨日お世話になったトゥクトゥクが1台だけ待機していて、顔なじみのドライバーに挨拶する。早 速、まずトンレサップ湖まで行ってクルーズに出たいこと、その後、残りの遺跡を巡りたいことをドライバーへ伝えた。それから料金交渉だが、昨日と同じ 12ドルでお願いしたところ、距離が長くてガソリン代がかかるので、15ドルだと言われる。結局、14ドルで合意。トンレサップ湖へ向けて出発する。
シェムリアップ市街を南下すると、町並みが一変し、いわゆる住宅街となる。平日の朝ということもあり、通勤・通学途中の人た ちとすれ違う。トゥクトゥクで10分ほど揺られていると、住宅街を通り抜け、高床式の住居が目立つようになる。住居を支えている木がとても細く、洪水に なったら簡単に流されてしまうと思うのだが、大丈夫なのだろうか?
8:00、トンレサップ湖着
トンレサップ湖に到着。クルーズ船乗り場の駐車場でトゥクトゥクのドライバーと別れる。遠くに見える向こう側の駐車場で待っていると言われる。
クルーズ船乗り場のチケット売り場に入ると、すぐに胡散臭いおやじが寄ってきた。1人分のチケットが欲しいと言うと、何と30ドルだと言う。地球 の歩き方では、15ドルから20ドルと書かれていたので、そんな訳はない!と抵抗してみたが、1人の場合30ドルだ!と全く譲る様子がない。一旦、引き返 して様子を見た方がよかったのかもしれないが、チケットの窓口で30ドルを支払い、チケット(領収証)を受け取った。
すぐにクルーズ船乗り場へ案内され、チケット(領収証)を見せたところ、見せるだけではダメで、チケット(領収証)を回収される。それから、小さい木製 の船へ案内される。これがクルーズ船か。客は自分一人だけ。5分ほど待ったが、他に客が来る気配なし。運転手1人とガイド1人が乗船し、クルーズ船が動き 出した。
川幅が狭いところを大型のクルーズ船をよけながら進んでいくと、トンレサップ湖の水上住宅街が視界に入ってくる。となりのガイドの声に力が入ってくる。 1つのボートに1家族が生活している。一般住居だけでなく、スーパーマーケット、レストラン、学校もある。カンボジア人の多くは仏教徒だが、キリスト教会もある。確かに建物の屋根に十字架が付いている。
(クルーズ船の客は自分一人だけ)
ガイドは、親切にいろいろ解説してくれるのだが、私は、ボッたくりバーに一人で飛び込んでしまったような気分。楽しさ半分不安半分で適当にあいづち を打っている。運転手とガイドは見るからに若いが、英語は堪能。毎月10ドルの高額な授業料を払って英語学校に通っているとのこと。
クルーズ船乗り場付近には、多数のクルーズ船が並んでい る。トンレサップ湖付近の屋台村がはるか上の方に見える。3 月は乾季の終わりのため、トンレサップ湖の水深は 1.5mほどしかないそうだ。雨季の終わりには水深10mになるという。クルーズ船が通過する川幅が非常に狭く、大型のクルーズ船(主に、韓国人観 光客が利用している)が通過すると、大きな波がやってきて、小船が大きく横揺れする。
しばらく行くと、多数の漁船が並んでいる。トンレサップ湖で網を広げて魚を取り、シェムリアップの市場で売って生計を立てている人が多いとのこ と。クルーズの途中、網を広げて、魚を採っている漁師がいた。水深が浅いことがよくわかる。
そして、水上住宅の建設現場の横を通過する。トンレサップ湖では、大勢の人たちが水上で生活している。船の上に一戸建ての建物を乗せている感じ。シェム リ アップ近郊の住宅街より、よっぽど立派な住居に見える。
(トンレサップ湖の水上住宅街)
トンレサップ湖の水上住宅街を抜けると、ここがクルーズの最終地点だ と言われ、クルーズ船のエンジンが停止する。見渡す限り水平線が広がる。湖面の水は泥水で濁っていて、空気は汚れていて、それ以外に何も見えない。 はっきり言って、素晴ら しい眺めとはお世辞にも言えない。
こんな風景を見ていても退屈だし、ここまでやってきたことだけで満足したので、とっとと湖岸に戻って残りの遺跡を巡りたいと思い始めたとき、ガイドから 「感想は?」と聞かれた。思わず「つまらない」と言い掛けたが、気を取り直して「トンレサップ湖は大きいねえ〜」と答えると、ガイドは機嫌を 良くし、トンレサップ湖の解説を始めた。今は乾季だけど雨季になると面積が3倍になるとか、水深が浅いしピラニアもいないから泳いでも大丈夫とか、プノン ペンまで船で行けるよとか。
(トンレサップ湖クルーズの最終地点)
ガイドが一息ついたところで、神妙な顔つきになり、話題が変わった。「トンレサップ湖の水上住宅で暮らす人々の中には、両親を失った恵まれない子どもた ち がいて、寄付金で学費を賄っている。もし善意があれば寄付をお願いしたい」と繰り返しお願いされる。「残念ながら、お金をホテルに置いてきてしまっ たし、さっき30ドルも取られると思っていなかったから、今お金がない」と断っていたのだが、「わずかの気持ちだけの金額でいいから」と繰り返しお願いさ れる。
ガイドと寄付の話をしているうちに、遠くに見える水上住宅街から1家族5人が乗った小さなボートがクルーズ船までやってきた。一番小さい子供がバナナを 売りつけてくる。そのとなりに、蛇を首にまいた子供がチップをせびってくる。(地球の歩き方に写真が掲載されている子供と同一人物!) 写真を撮りたかっ たが、写真を撮った時点で子供本人だけでなく、ボートの家族 全員とクルーズ船のガイドと運転手からお金をたかられると思い、無視することにした。両親とおばあさんは一言もしゃべらない。バナナ売りの子供が1分ぐら い大声を張り上げていたが、ようや くあきらめて引き返していった。この最終地点でクルーズ船が30分ぐらいずっと停滞していたのは、この家族の到着を待つためだったようだ。
この直後、クルーズ船のエンジンが始動し、最終地点から引き返すことになった。水上住宅街に入るとすぐに、水上学校へクルーズ船が立ち寄った。クルーズ 船を下りるよう言われ、水上学校の建物に入ると、中に売店があった。児童用の文房具が販売されている。初めは、おみやげになりそうなものがあれば買ってあ げようと思ったのだが、買いたいと思うようなものがなく、結局、何も買わず、クルーズ船に引き返してきた。
ガイドは、お金が全然落ちてこないので、この辺りでかなり不満げな表情を見せ始める。水上学校を出発した後、ガイドが「次に水上レストランに立ち寄るこ とになってい る」と言うので、「まだ朝食を食べたばかりで、お腹がすいていない。通過して欲しい」と要求した。それ 以降、エンジン全開でスピードを上げて、トンレサップ湖岸へ引き返す。
トンレサップ湖岸が見えてきたところで、ガイドからガイド本人と運転手の2人分のチップを要求される。あまり気分がいいクルーズではなかったが、 トンレサップ湖を解説してもらったので、それぞれ1ドルずつ計2ドルのチップを渡す。そうすると、「1人1ドルでは少なすぎる。1人5ドルで10ドルは欲 しい」とのこと。カンボジア旅行 中のお決まりのセリフに辟易しつつ、ガイドへ「解説ありがとう」とお礼を言いながら、計2ドルを手渡した。ガイドは舌打ちし、それ以降、会話がなくなっ た。
トンレサップ湖岸にクルーズ船が到着。私はありがとうの一言だけを残し、ガイドも運転手も無言で、気まずい雰囲気のまま、クルーズ船を下りた。その瞬 間、無事に湖岸まで戻ってくることができてホッとした。本当は もう少しだけお金を払って、クルーズを楽しめればよかったのだが、トゥクトゥクのドライバーに払っている金額を考えると、トンレサップ湖クルーズで出会っ た人たちに大金を払う気持ちにはなれなかった。そもそも乗船料の30ドルが高過ぎる。
10:30、トンレサップ湖発
トンレサップ湖クルーズ船下り場の駐車場で、トゥクトゥクのドライバーを見つけられなかったので、クルーズ船の写真を撮りながら、ク ルーズ船乗り場まで散歩した。クルーズ船乗り場の駐車場に着いたところで、他のトゥクトゥクのドライバーから、向こう(クルーズ船下り場)で待っていれば いいよ!と声をかけられる。
クルーズ船下り場の 駐車場まで引き返してくると、トゥクトゥクのドライバーが昼寝している姿が見えた。ドライバーに近づいて声をかけると、ビクッと飛び起きて、目ボケながら 慌ててヘルメットをか ぶって出発しようとする。「急がなくていいよ」と声をかけ、地図を見せながら、今後の行動予定を伝えた。トンレサップ湖を出発し、シェムリアップ市街とア ンコール・ワット、アンコール・トムを縦断し、プリ ア・カンまで一気に移動する。
行きに来た道をそのまま引き返し、タ・プローム・ホテルのすぐ横を通過し、シェムリアップ市街に入る。シヴォタ通りを北上し、 アンコールトムの南大門を通過。バイヨンを横目に見た後、北大門を通過。ここまで来ると周囲はまさにジャングルで、大自然がそのまま残されているところが い い。
11:30、プリア・カン着
トゥクトゥクに揺られること1時間。プリア・カンに到着。西塔門側でトゥクトゥクのドライバーと別れ、東塔門側で待ち合わせすることになった。
昨日、アンコール・トムとアンコール・ワットと比較すると、周辺の遺跡が見劣りしたため、今日の行き先にはほとんど期待していなかったのだが、プリア・ カンに踏み込んだときから、よい意味で期待が裏切られ、トンレサップ湖で曇った気持ちが徐々に晴れてきた。
プリア・カンの西塔門へ向かう道中、子供たちが物売りに来るが、観光客がとても少ない。西塔門までの参道の両側に、リンガを模した彫刻が並んでいる。西塔門を通過すると、プリ ア・カンの建造物が見えてくる。西門の上部のレリーフが印象的だ が、総じてプリア・カンのレリーフは彫りが深い。踊り子の テラスには、「13人の踊るアプサラのレリーフ」がある。中央祠堂には建造当時は観世音 菩薩が祀られていたそうだが、現在は16世紀頃に建立されたス トゥーパが祀られているとのこと。
プリア・カンの一番の特徴は、他の遺跡にはない2階建ての建造物があること。ここだけクメール文明ではなく、ギリシャ文明のよう。
プリア・カンにも、タ・プロームのようなスポアンの木が ある。地球の歩き方には、東第二塔門の裏側は美しい彫刻の壁と書かれているが、残念ながら、ほとんどの仏像が破壊されていた。東第ニ塔門から外へ出ると、 大きなナーガ像がある。東塔門を出ると、西塔門と同じく、 参道の両側に、 リンガを模した彫刻が並んでいる。トゥクトゥクのドライバーが待つ駐車場まで、ジャングルの大自然の中をのんびり散策する。
プリア・カンの東塔門側の道路に到着すると、トゥクトゥクのドライバーと再会。腹が減ったので、昼食にしたいと伝えた。ニャック・ポアンの近くのレ ストランへ移動することになった。
12:30、ニャック・ポアン着
ニャック・ポアンに到着。トゥクトゥクが駐車場に停車すると、屋台村のレストランへ案内される。牛肉とフライドライスを注文。4.5ドル。値段は高い が、昨日のアンコール・ワットよりおいしい。
13:30、レストランを出て、ニャック・ポアンの遺跡を見物。ニャック・ポアンは小さい遺跡で中央祠堂を囲む池を一周するだけ。観世音菩薩の化身と言 われるヴァハーラがある。天を駆ける神馬の下部には18人が しがみつい ている。ここで、日本人観光客に声をかけられ、写真を撮ってあげた。
ニャック・ポアンの駐車場に戻り、トゥクトゥクに乗り込む。次は、ニャック・ポアンの東側にあるタ・ソムへ移動する。タ・ソムの西塔門でトゥクトゥクと 別れる。今回は同じ場所で待ち合わせ。
タ・ソムの西塔門には、観世音菩薩が埋め込まれている。表情はバイヨンと同じ。タ・ソムの西門から中へ入ると、中央祠堂を囲むように、四角形の通路があ る。一旦、東門から外へ出て、東塔門へ向かう。東塔門はリエップと いう高木の根に覆い尽くされている。
タ・ソムは小さい遺跡だが、デバダーのバラエティが豊富で、様々な表情をしていることが印象的。地球の歩き方に記載されている耳たぶをもつデバダー、美しいデバダー、髪の毛をしば るデバダーを見つけた。しかし、タ・ソムでは、遺跡の崩壊が進んでいて、石組みが徐々にずれてきていて、デバダーのひび割れが目立つ。ここまま遺 跡を放置していると、完全に崩壊してしまい、この姿を見られなくなってしまう。
タ・ソムから西塔門側の駐車場へ戻るとき、道を間違って、北方の道へ入り込んでしまった。途中で誰にも会わないので、おかしいなと思い出したところ、 渡ってきた記憶がない小さい橋にぶつかったため、引き返すことにした。
タ・ソムの西塔門側の駐車場へ戻り、トゥクトゥクのドライバーと再会。次は、東メボンへ移動する。東メボンへ移動する途中、ジャングルを再生するため、 植林を行っているというJTBの看板を見かけた。
東メボンに到着。東メボンの遺跡は道路に面していて、トゥクトゥクに乗っているときから、3つの塔が見える。東塔門前でトゥクトゥクを下り る。そして、炎天下の中、一気に階段を駆け上がる。周囲の観光客が所々で休んでいるが、同じような順番で遺跡巡りをしているため、だんだん顔馴染みになっ てきた。観光客は、圧倒的に欧米人が多く、アジア人は少ない。ある人は、スロバキアから来たと話していた。日本人、中国人、韓国人は、アンコール・ワット とアンコール・トムしか行かないのだろうか。
東メボンは、遠くから見られることを意識して造られたそうで、一見大きく見えるが、内部に入ると意外にシンプルな造りになっている。てっぺんの主祠堂の中に小さい仏像が祀られている。それ以外に見所はあまりなく、次の 遺跡プレ・ループへ向かう。
プレ・ループに到着。プレ・ループは、東メボンによく似ている。東塔門から内部へ入り、廊下を通過した後、中央祠堂までの急な階段を一段一段慎重に登る。東メボンと同じように、てっぺんの中央祠堂の中に小さい仏像が祀られている。
(プレ・ループは、東メボンによく似ている)
プレ・ループの東塔門から外に出てきて、トゥクトゥクのドライバーと残り時間の使い方を相談する。「バンテアイ・サムレはどう?」と言うと、「今から行 くには遠すぎる」と拒絶される。それはしょうがないと納得し、「プレ・ループ近くのバンテアイ・クデイとスラ・スワン は昨日行ったので、次はプラサット・クラヴァンに立ち寄った後、もう一度、バイヨンに行きたい」と言ってみた。ドライバーは、「プラサット・クラヴァンは 非常に小 さい遺跡でお勧めしない」と言うが、バイヨンまでの通り道なので立ち寄ってもらうことにした。
プラサット・クラヴァンに到着。トゥクトゥクが駐車場に入ったときに、遺跡が視界に入る。確かに今まで見た遺跡の中で一番小さい。でもなぜか観光バスか ら大勢の日本人観光客がぞろぞろ降りてきていた。昨日のプノン・バケン以外、ほとんど日本人観光客に会わなかったので、この人たちはどこを巡ってきたのだ ろうか?と不思議に思う。現地人の添乗員が流暢な日本語で説明していた。誰が連れてきたのかわからないが、山羊が 一匹だけ寂しそうにつながれていた。
15:30、バイヨン着
昨日と同じ、東門前でトゥクトゥクを下りる。トゥクトゥクのドライバーから、17:00にバイヨンの西側の駐車場で待ち合わせと言われる。
昨日の警察官がいたら嫌だなと思っていたが、今はいないようだ。中国人観光客が大勢来ているようで、結構やかましい。
東門から入り、地球の歩き方に掲載されている第一回廊のレリーフを見物しようと思ったが、工事中のエリアにほとんどのレリーフが集中していて、見ることができなかった。バイヨンのレリーフは、日本の ODAで復元しているらしく、現地のガイドが外国人観光客へしきりに日本がお金を出してくれていることに感謝していると連呼していた。ODAなど単なる税 金の無駄使いかと思っていたが、必ずしもそうではないと感じた。
階段を上り、第二回廊に入ると、中国人観光客で大勢ごった返していた。昨日は警察官に案内されるままに観世音菩薩像をカメラに収めていただけだったが、 今日は ゆっくり一つ一つ観世音菩薩像を見物した。そうこうしているうちに周囲が急に暗くなり、雨が降り出した。16:00頃に雨が降り始め、16:30頃、雨が ぴたりと止んだ。中央祠堂の南側の狭い建物の中で雨宿りしていたが、周囲の中国人観光客がとてもやかまし い。
雨が止んだので、周囲の中国人観光客の流れに任せて、北方へ下りていくことにする。第一回廊の外の仏像があるエリアの水はけが悪く、浸水してしまっている。石の上を歩きながら、北門から出て、記念撮影。まだ少し時間があるので、西門付近で、地球の歩き方を片手に レリーフを見物する。
17:00、バイヨン発
西門から出てきて、トゥクトゥクのドライバーと再会。今日の観光は終了で、シェムリアップへ戻ることを伝える。
17:30、シェムリアップ着
シェムリアップのパブ・ストリートで、トゥクトゥクを下りて、約束通り、14ドルを手渡す。昨日と今日で、行きたかったところをほとんど巡ることができ た。明日はシェムリアップ市街をぶらぶら散歩し、おみやげを買ってから帰国すると伝えた。明日、ホテルの前でまた会うかもしれないが、これが最後 かもしれないので、お互いにお礼を言い合い、お別れをした。気分の悪い思いをすることなく、誠実なドライバーと一緒に旅行ができて、本当によかった。
パブ・ストリートのレッド・ピアノで夕食。赤が基調のインテリ アで、外国人観光客に人気があるというベルギー料理店。隣りのテーブルを見ると、両腕に日本語の刺青をしたスキンヘッドのネオナチ風の白人青年がワインを 飲んでご機嫌の様子。牛肉とごは んとビールを頼む。4.25ドル。ここもなかなかおいしい。
レッド・ピアノを出た後、オールド・マーケット、屋台村、パブ・ストリートをぶらぶら散歩した。オールド・マーケットで、お土産を探してみたが、あまり欲しいものが ない印象。屋台村は、外国人観光客で、非常に混雑している。パブ・ストリートの他の店に比べて半値ぐらいだが、日本人が食べて大丈夫かどうかわからないの で、店に入ることを躊躇していたら、日本人観光客の集団が食事をしている姿を発見。明日、チャレンジしてみようと考え直した。いずれにしても、明日たっぷ り時間があるから、今日は早々にホテルへ戻ることに する。
19:00、ホテル着
ホテルに戻って、テレビを見ていると、東北地方太平洋沖地震の津波と原発のニュースばかり繰り返されている。CNNでは、台湾の地震専門家が日本の震災 対策を評価しつつ、日本の対応策を台湾の有事に生かしたいと話していたことが印象的だった。20:40頃、静岡県で震度6の直下型地震があったとニュース が流れ た。横浜の自宅は大丈夫だろうか。
21:00、就寝
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