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バークレー留学記 〜2000年5月〜 13日、U.C.バークレー(U.C.Berkeley)のキャンパス内にあるローレンス・ホール(Lorence Hall)の科学館で、恐竜展のイベントが開催されていると聞いて、家族3人で見学してきた。キャンパス内と言っても山の上まで車で10分ほど登ったところにあり、サンフランシスコ湾を一望できるほど眺めが素晴らしい。恐竜展の会場では、巨大な恐竜の模型が展示されていた。このときに限らず、アメリカ人って恐竜がほんとに好きだなあと感じた。ナーサリーで覚えてきたのか、最近のうちの子は「ガオー!」と恐竜の真似ばかりしている。ディズニーの新作映画の「ダイナソー(Dinasour)」が大人気のようだ。 ローレンス・ホールからの帰り道に、U.C.バークレーのキャンパスの北方にあるバークレー・ローズ・ガーデン(Berkeley Rose Garden)に立ち寄った。ちょっと時期が早かったようだが、バラはいっぱい咲いていた。
19日、渡米後初めて39度の高熱を出してしまった。20日からグランド・サークル(Grand Circle)を旅行する予定で、苦労してモーテルを予約できた直後だった。ホームドクターに電話しても全然連絡が取れず。やっぱりアメリカの病院はアポがないと診察してくれない。20日の朝、解熱剤を飲んだら、熱は下がったので、思い切って出発してみた。でも、運転するのがつらいし、薬が切れるとすぐ熱は上がってくる。結局、耐えられず、ラスベガスに1泊し、ザイオン国立公園(Zion National Park)まで行った後、旅行を打ち切って引き上げてきた。行きもつらいが、帰りもつらい。
自宅に戻ってから、意識もうろうとする中、間違って救急隊員を呼んでしまう。自宅のとなりが救急センターなので、電話を切るとすぐ大勢の救急隊員が飛び込んできた。自宅で診察を受けた後、すぐ緊急病院に行くように指示される。自宅の診察までは無料だが、救急車に乗ると800ドルかかるけどどうする?と聞かれた。妻が運転できるから大丈夫と言ったが、本当に緊急病院に向かうまで監視する義務があるとのことで、出発の準備ができるまで本当に駐車場でずっと待機していた。緊急病院では、2時間ほど待たされた後、診察が始まった。レントゲンまで撮ったからだと思うが、1回の診察だけで1200ドルもかかった。今回の件で、貧乏人は医者にかかれず死んでいくアメリカの医療制度の問題を実感した。その後、会社に医療費を請求するための診断書を入手するため、何度も病院に電話したり、直接出向いたが、事務局、医師、レントゲン技師をたらい回しにされ、ほとほと嫌になった。私は会社の方針で医療保険に入っていなかったことも話をややこしくさせた。
28日-29日、病み上がりの身体に鞭打って、ベスト・シーズンのヨセミテ国立公園(Yosemite National Park)に向かった。素晴らしい絶景を満喫でき、体調は完全に回復した。
31日、エレファント・グループ(Elephant Group)担任のマリア(Maria)がナーサリーを退職することになった。まだうちの子供は状況をわかっていないようでケロッとしているが、数日後にナーサリーにマリアがいなくてさみしい〜と涙を流すことになる。
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